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涙ばかりの… 

 とうとう封切館の最後、高知東宝が閉館となった。映画を見る人口の減少等、色々言われているが、なんといってもイオンにシネコンが出来た事が決定的だった。危惧し、反対し続けたが、シネコンは多くの人に支持された。
 高松のライオン通りの由来、ライオン館も閉めたという。宇和島も松山も、あらゆる所で映画館の文化が消えた。しょぼくれた雰囲気で、日がな一日暇をつぶすことも夢になった。これからは、予約席で最初から見て、終われば余韻を楽しむこともなく、さっさと退場するのが普通になるのだ。何て合理的で快適で、悪夢の様なご冗談!
 おう、俺は考え方が古いわい。確かに快適な空間で映画を見たいときはあるが、それは「少数意見」を押し潰してまで手に入れたいものじゃない。画一された文化、カウンターバランスのない文化に、何の発展があるというのだ。そのシネコンの快適度にも異論があるぞ。どんなときでも騒ぐ子供はいるし、携帯をつつく馬鹿女もいる。シネコンが快適っていうのには「ちょっとだけでしょ」って突っ込みたくなる。
 たまたま、高知日活の支配人をしていた方を知っている。家庭的にどうだったかはともかく、外にいた私達にとって、かっこいい親父を体現したような人だった。彼に比べたら、今流行のちょいワルなんて、もてたいだけのかっこ悪い豚ばかりだ。
 …私は…それこそ少しだが知っている。不振にあえぎながらも、映画の魅力を伝えようと彼が苦労なさっていたことを。純米の焼酎と石原裕次郎を愛していたことを。『これだけは是非』と、自分の劇場(コヤ)であの「ニューシネマパラダイス」を封切ってくれたことを。そんな親父のことを知っているのに、『時代の趨勢だから。』と、そんなに簡単に納得できるものかよ!
 誰がなんと言っても俺は怒り続ける。ささやかな文化を蹂躙する、効率化の名のもとに行われるレイプを。
 …あの人は「ニューシネマパラダイス」を掛けながら、何を思っていたのだろう。そして、今でも「錆びたナイフ」を唄っているのだろうか。

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これって、塩田監督監修のシリーズなんだけど。 

 「ロストマイウェイ」
 …解るような解らんような。
 ぐだぐだに生きているオトナ達と、たまたまその中に紛れ込んだ少年。うっかりすると自分の子供世代程の少年に対しても、何も行くべき道を指し示すことができないオトナが、やっと示すことのできた「意地」とは。
 と、言うとかっこいいのに、実際は微妙ー。誰か、びしっと解説してください。(おいおい、投げるのかよ。)

   監督 
   脚本 古澤 健
   出演 松重 豊
      他

 「稲妻ルーシー」
 解説するのも疲れるやっつけ感。いたずらにウイットがなく、ただ単に人を困らせているだけで、観ていて腹が立って仕方ない。物語に一貫性がなく、いったい何を見せたいのか。いやそれ以前に、いったい監督は何をしたいのだ?
 OPを手始めに、興味の惹かれる映像がないわけではない。…でもなあ。

   監督 西山 洋市
   脚本 西山 洋市・石佳 武史
   出演 佐藤 仁美
      水橋 研二
      今関 朱子
   

うだうだ。 

 …とりあえずAVは巨乳好きな私でございますが、普通の女優さんはどっちかっつーと貧乳好きでございます。
 とにかく、ともさかと深津と菅野が出てたらOKなんです。のきおから『ともさかりえが出てるだけで点数が甘い。』などと言われようがいいんです。好きなんですから。
 ともさかは「友子の場合」のコメディエンヌぶりに、深津は「満月のくちづけ」の可憐なけなげさに、菅野は「エコエコアザラク」の圧倒的な演技力に、それぞれ始めて見た時からくらっくらにKOされてます。
 悪いかよう。

「水の中の八月」のこと。 

 逃げ水は陽炎を伴い、追いかけてもそこにたどり着くことはない。
 暑い暑い記憶とともに、八月がやってくる。
 現実にあった福岡大渇水をモチーフに、狂おしい熱情の灼熱と、すべての罪を押し流すスコールで、我々の心を揺さぶった傑作。
 この作品で初めて触れた、小峯麗奈のえもいわれぬ魅力は、いったい何を持って称えれば良いのか。
 淡々と流れる画面に、あなたもこの映画にはまるかもしれない。昨日も書き込んだが、「はまる」ということは、面白いとか、泣けるとかの感情と少し外れたところにあるのだ、と、この作品からも認識させられる。
 これ以上のことは私は語れない。より”はまった”人間がいるからだ。この映画については、「のきおの部屋」を見て欲しい。

「ブギーポップは笑わない」のこと。 

一年に観る映画は160本、主に邦画中心に色々観てきたわけで、これだけの数観ると、好きな映画、完璧!と思えた映画、色々あったりする。
そんな中「ハマった」映画、というのが存在する。なぜハマったか、上手く説明できない、しかし自分の中で大切な映画、といったものが存在する。
と、いう訳で「ブギーポップは笑わない」である。

でも、何で好きなんだろう?

原作も好きな私だが、映画はさらに好きだ。
どんな状況でも、原作のある映画というのは、すべてのファンにとってパーフェクトのものにはならない。
したがって、製作者は、最大公約数を気にしつつ、原作の持つメッセージを映像化しようと努力するのだろう。
「炎の魔女」がショートだったのにはびっくりしたが、まあそれも趣があってよい。

この作品は、ひと言でいうとジュブナイルである。TUTAYAではホラーの棚にあるが。

出てくる登場人物みんなが「寂しさ」を共有していて、ミステリーとして隠された、交錯する時間軸を解きほぐし、それを埋め合わせていく筋道になっている。
戦闘シーンとかの演出は、原作と大きく違い、物足りなかったり矛盾したりするのだが、それは物語の骨子ではない。脇にあたることなので、あまり気にしなくていい。
とにかく登場人物が皆、寂しい、寂しい、といっているようで、胸が痛むのである。
そこに梶浦由記の音楽もスイッチを入れてくる。

役者について語ると、この作品に出てくる女優は、確かにアイドル的ではあるが、皆それなりに劇団員や、TV・映画の仕事をこなしてきた"プロ"である。
特にブギー・籐花を演じ分ける吉野紗香の演技は、必見。

そして、この寂しい映画は、最後に少しの救いが入る。二人の主人公、籐花と凪の握手。ばらばらにつむがれた糸が、このシーンでタペストリーを完成させる。本当に良いシーンである。

この監督は、寡作かつ作品の出来・不出来にムラがあるのだけれど、少女を魅力的に撮ることに関して一目置いている。「満月のくちづけ」とか…。

…ブギーが立っている。夕暮れの屋上で、まるで陰のように立って口笛を吹くブギーポップ。
画面の演出は冴える。
ちょくちょく屋上のシーンや、俯瞰する構図が入り、非日常感や諦念を表す。普通ならこんなにハイ・アングルやロングは多用しない。それが、たまに入るアオリに凄みを持たせている。
…と言うとかっこいいが、やりすぎの所もある。目のアップとか。
くだらないエフェクト、いくらなんでも届かんやろ、弓矢。
たたけば埃は出る。まあご愛敬。

この映画で輝いた少女たちの多くは、引退したり、ネットでも追いかけることができなくなっている。そのことがまた、この作品の儚さを強調するのだ。

あー、まだ解らない。こんな事だけじゃない。
やはりキーワードは"寂しさ"だ。

友との会話や、苦い恋。なぜか重なってきて、いたたまれないのだ。

で、この間も暇つぶしに見始めて、また最後まできちんと観てしまった。
「感動作」だと、飽きるので、こうはならない。
感動とは別の所でハマっているらしい。おそるべし。

   監督 金田 龍
   脚本 村井 さだゆき
   出演 吉野 紗花
      黒須 麻耶
      川岡 大次郎
      酒井 彩名
      寺脇 康文

さらに続けて車。 

 相変わらずチャイルドシート、シートベルトの装着率は上がらないようだ。しかし、それもむべなるかな。気になるのは、チャイルドシートやシートベルトをきちんとつけた、車のCMの少なさである。それもなぜか、室内の広さを謳う車ほどなおざりで、ひどいものでは馬を載せる演出まであった。おいおい、事故したらどうすんだよと、気になって仕方なかった。
 そんな中、好感が持てたのが、とある軽自動車のCM。がんばっている若いお母さんと、子供の日常風景で、微笑ましい上に、みんなきっちりチャイルドシートをつけている。こういった演出こそメーカーは気を配るべきだと思うのですが。

自分の中に俺が帰ってくんだって。 

 『きょうの部長、頭下げすぎでした』…あのCMが解らないのである。しかも『でも…素敵でした』と、きたもんだ。
 狙ってる。絶対狙ってる。親父の脂ぎった下心がみえみえなのである。佐藤浩市を使ったのは、そのスケベ心を悟らせない為である。オヤジは仕事している自分を知らずに、文句ばかり言う妻には内緒で、若い美人の部下にあこがれて欲しいのだ。その透けて見える下心が嫌だ。
 …考えてみれば、今Mk-Ⅹ乗る世代というのは、バブルの初期に、親のMk-Ⅱでナンパに明け暮れた世代ではないか。夢よもう一度、とでも言うか。
 Mk-Ⅹがどれだけ良い車かはよく知らない。けれど、あのCMに惹かれてこの車を買う男は、きっと志が、低い。

みんなのうた 

 と、いうわけでみんなのうたである。今(12~1月期)のメニューは、遊佐未森の「クロ」、高見のっぽさんの「グラスホッパー物語」である。これが良いんだ。前者は猫を飼っている身としては、泣けて泣けて仕方ない。さらにのっぽさんの「グラス…」では、ミュージカル仕立ての曲に乗せ、のっぽさんが語りかけてくる言葉で泣かされてしまって、もう二曲とも秀逸なのである。
 最近良い曲と、どうでもいい曲との差が開いている気のするみんなのうたであるが、たまにはこんな意欲作が出てくるから目が離せない。
 ちなみに、今までの曲の中では、「赤鬼と青鬼のタンゴ」とかよかったなあ。「以心伝心しよう」とか、「コンピューターおばあちゃん」「メトロポリタン美術館」とか、まあ、枚挙にいとまが無いのでございますが。
 あと、これはどうしても言っておきたい。「サトウキビ畑の唄」は絶対森山良子じゃなくて、みんなのうた、ちあきなおみヴァージョンである。これは断じて譲れない。ちあきのけだるい声が無常観を誘い、比較すると森山の声はただ高いだけと思えます。

OLDK(オーエルディーケー)を観る。 

 期待せずに観て感激した(?)ものの一本。しょぼいつくりの作品ではあるが、アイデアときっちりした展開に(さらにエロさ爆裂の内容に)興奮間違いなし。
 (あらすじ)アパート両隣の住人の出す騒音に寝不足のOLに、さらに不幸が訪れる。寝不足の頭には許容しきれず、自殺を図るが…。
 言った通り、秀逸なアイデアと(原作ありだが)、それに頼らずきちん、きちんと場面を積み上げていて、なかなか見事です。

   監督 原 正弘
   脚本 奥寺 佐渡子
   出演 清水 美那
      北川 絵美(エロい!)
      三浦 誠巳
      一條 俊
      他 

滋賀県立野洲高校サッカー優勝、おめでとう! 

 二点目、思わず「ぃやったーッ!」と、叫んでしまった。何度も中央突破を仕掛けて鹿実DFの意識を中央にひきつけ、自陣でボールを奪ったあと、一瞬"タメ"を作り、味方が攻撃に移る時間を稼ぐ。大きくサイドチェンジ、ドリブルで"中央に向かって"勝負を仕掛け、DFを引きつけながらアウトサイドに走りこむ味方にヒールパス。ゴールライン間際からクロス、DF振り切った二人(三人?)走りこんでシュート。完璧です。オフサイドもありません。
 親戚が野洲の近くなので、それだけでも応援してしまうのだが、あんなしびれるサッカー見せられたんじゃ、大声出しちゃうのも解るでしょ。
 ああいったテクニックってのはジュニアから身に付けていかないと、中々自分の思い通りにならない。ところが、日本ではジュニアから成果主義。確実に勝てるチームを作りたがる指導者が多い。体力に任せてロングボールを放り込んで勝つ、みたいな。逆にこの野洲では、ジュニアからテクニックを磨いてきた選手が多い、ということだ。監督や、保護者らが、子供が小さい頃から結果だけを問うことをしなかったということか。
 親は子供に活躍して欲しいものだから、勝てる監督を歓迎する。だから、失敗を恐れずチャレンジする、野洲の様な高校が勝ったということ、これは大変なことですよ。
 でも、負けた鹿実が下手だったかというと、そんなことはなく、チーム戦術の差、なんだけど。

どつくぞ。 

 今日、テレビK知の番組「じゃらんじゃらん」を視ていたら、高知の人気占い師なる方が、今年の予想をしていた。
 曰く、『今年は政治のトップに大きな動きがあるでしょう。』…。
 さらに『独りよがりな行為は政治にマイナスになるでしょう。』…。
 経済についての問いには、『景気は回復の見通しです。』『ですが、それは都会の話。高知は回復しないでしょう。』…。
 さらにさらに。災害については、『台風が2~3ヶ上陸するでしょう。』…(かなりキてる)。
 こんなんが「抜群の的中率」なんだそうだ。『お忍びで芸能人も来る。』、ということだが、自己申告なら確かめようも無い。

疲れちゃう。 

 『あなたに私のことは解らない。』そう言った女がいた。
 …解るはずがないのである。私はあなたじゃない。若かったので、解ってやれない自分をずいぶん責めたものですが。
 何度も言うが、解らないことを前提に、わかる努力をするのが前向きな考えってモンでしょう。それを『あなたには解らない』などと、考えもなく使うのはルール違反だ。
 以前、独身だったときは、『君に既婚者の気持ちは解らないよ。』と言われ、結婚したらしたで『子供を持つ苦労と喜びは解らないよ。』と言われ。だけど結婚も子育ても、一人一人が違っていて、同じ基準を持ってる人はいないよ。
 つまり、そういうことだ。こういう人がいるってことは、やっぱり解ってもらえない人がいそうだという、何とも後味の悪い結論になってしまうのである。

しゃくしゃくしゃくしゃく。 

 いきなりですが、「英語でしゃべらナイト」(NHK)は面白い。鈴木紗理奈がすんごいネイティヴな英語を話すのにびびったり。いや、それより釈由美子ファンなら絶対視るべきだ。釈のメードコスプレは拝めるし、本人が『ゴジラに出たこと知ってますー?』『私のロボットが出たことがあるんですよー。』(お酌ロボ)って自慢するし、ゆるキャラぶりに突っ込みどころ満載。
 ま、釈ちゃんの英語力がなかなか上がらないことはここだけの秘密だ。あ、番組自体、大変面白いっす。

10宝の馬鹿。 

 あけましておめでとう。君たちは栄誉ある機龍隊に配属となった。いつまたゴジラの脅威に日本がさらされるか分からないが、有事の際は我々がこの国と国民を守り抜くと強く心に誓っておいて欲しい。以上だ。
 …と、いう訳で、ゴジXモスXメカゴを正月早々観てしまった(今頃かい!)。そして、一時間半を無駄に過ごした。観るんじゃなかった。
 釈が出てきて(これはナイス)、何のカンの言う。何を言っとるのだこの女、前回あんだけこてんぱんにやっといて。お前はガミラスを壊滅させといて『我々は戦うべきでなかった、愛し合うべきだった。』…などとヌかした古代君か。
 機龍が動いたらモスラは敵対するンじゃなかったんか。小美人のキャスティングはアレで良いのか。もったいぶったストーリーの流れが、カタルシスシーンをブチギリブチギリしてたがどうよ。さらに自衛隊(つまりは機龍も含む)が強すぎる。機龍の強さには意味があるが、それにしても、人知の及ばぬゴジラも随分とまたひ弱になったもんだ。これは最近の自衛隊スポンサー状態の弊害か。
 一番納得イカンのは、テーマらしきものをちらつかせる割に支離滅裂なストーリー。半分は大人が観るような作品で「子供騙し」やられてもなぁ。

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