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高枝切バサミ。 

 あのテレビ通販のCM、なんか、公園の木を伐ってる様な気がするんですが。
 それはともかく、高枝切バサミといえば、「高ビル切バサミ」。→と、言えば「カーレンジャー」。と、言えばゾンネット。あ~、
七瀬理香さん、かわいかったな~(水谷時代は別の意味でよかったなー)。
 はっきり言って、演技は駄目駄目だったけど、役にハマると、女優って、あんなに輝くんですねぇ。「カーレン」は、いまだに一番好きです。話も、キャラも。
 ちなみに、あと東映戦隊シリーズでは「カクレンジャー」「ギンガマン」お約束の「ジェットマン」かな…。まあ、大体どの作品も捨てがたい魅力があるのですが。
 おお、ええと、仮面ライダーギルスと結婚したの、タイムピンクだっけ?確か子供ができたそうだけど。美男美女で良いねえ。

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輝き続ける君なれば (後編) 

 レコーディングが終わり、いよいよジャケ写と言う頃、会社の方針が変わった。「君の心ありて」が、急遽響子の歌に変更になったのだ。うわさでは、響子本人が、たまたま耳にしたこの曲を、自分の持ち歌にしたいと上申したらしい。まあ、会社としても、せっかくの話題作、いまいち泣かず飛ばずのテコ入れにするより、クリーンヒッターに任せた方が確実なんだろう。
 こうして、この歌は響子の歌になった。時は1991年になろうとしていた。バブルが崩壊し始める、その潮目にこの歌はヒットした。そして時代を象徴する歌として、皆の心に残っていく。
 半年後、私は引退を決意した。マネージャーだけは惜しんでくれたが、もう会社は私に未練はないようだった。
 所属していた事務所は、今は以前ほどの活気は無い。’90年代はアイドルが消滅していった上に、バブルの崩壊はいやおう無く会社の勢力図を変えた。新興の音楽事務所に、"アイドル"ではなく、"アーティスト"。
 そんな中、響子はあの歌のヒットで、実力派と言われるようになっている。今ではミュージシャンの枠を飛び出し、マルチに活躍中だ。

 …娘は一所懸命にテレビを視ている。ああ、やはりあの歌は響子のものだ。あの日、持ち歌をさらわれて、彼女を恨みもした。だが、私にはこの曲を時代の歌にするほどの力は無かった。歌に命があるのなら、彼女こそ、歌を生み出したのだ。だから…私はこうして生きていこう。彼女と歌の行く末を見届けながら。

輝き続ける君なれば (前編) 

 『…さて、次のコーナーは、"あの頃の思い出"です。』
 TVから懐かしい歌「君の心ありて」が流れ始めた。歌っているのは、今でも一線で活躍している深奈江響子だ。娘は興味ぶかく視ている。私は思わず言いたくなる。"その曲はね、お母さんの歌だったんだよ"…と。
 1988年。
 私はアイドルとしてデビューした。時代はもうアイドルを必要としなくなりつつあったが、それでも私は事務所の期待を背負ってがんばり続けた。そんな私のライバルだったのが、同じ事務所の深奈江響子だった。
 彼女に初めて会ったのは、テレビ局の歌番組のスタジオ内だ。薄暗い隅から、リハーサルをしているステージを見つめていた眼差しに、ただならぬオーラを感じた。『かなわない』と、思った。彼女こそ"スター"だった。
 それから二年。事務所の後押しも徒労に終わり、ヒット曲も出ない私に対し、同じ頃デビューした響子はもう、押しも押されもせぬ人気者になりつつあった。事務所の一押しは彼女で、私は後輩よりも後回しとなり、スケジュールの空きが目立つようになっていた。
 そんな時、マネージャーが取ってきた歌が、「君の心ありて」である。普段は歌謡曲の歌詞など書かない人気詩人を、会社の人脈をつてに口説き落としたのだ。さらに、詞に見合うだけの売れっ子を、と言う事で、作曲は当時のヒットメーカーを起用した話題作だった。

 "ゆらゆらと心ありて 岩打つ波 風は砂を巻き上げ それは私の心 私の心…"

 …良い曲だ、と思った。少し古めかしい言葉遣いが印象的で、なんとも余韻が残る。初めて自分にヒット曲が生まれるかと思い、高揚が止まらなかった。
   (続く)
  

菅野。(ラビュ~♡) 

 天才・岡本太郎と、その妻の生涯をえがいたドラマを日テレがやるらしい。で、妻の役が
菅野美穂
 それは良いんだけど、クランクインに先立ち、岡本太郎のアトリエを訪ねた菅野が、二人の絆を表す写真などを見て涙を流してたのよ。それを見た途端、私と嫁が一言。
 『女優の涙は信用できん。』
 菅野をどれくらい好きか今更言うことは無いが、愛すればこそ、彼女の演技力がどの程度かは知っている。菅野は一分もあれば、涙を流したり、止めたりなど自由自在だ。間違いなく。

「刺青」を観た。 

 もう、どう評価したらいいのか。谷崎の原作を読んだ事が無いので、原作に忠実なのかそうではないのか、さっぱり分からない。分からないが、しかし多分、この映画は失敗してるんだろうなと、想像する。さらに、リスペクトもされて無いやろなと
 大病を患った吉井怜が、こうやって元気になったのはとても嬉しい。しかし、もうちょっと何とかならんかったもんかのー。

   監督 佐藤 寿保
   脚本 夢野 史郎
   出演 吉井 怜
      弓削 智久

「美しい山ちゃんの悩み。」を書いた訳。 

 そもそもは、テレビでやってた早大生、杉山さんの特集を見たためなのである。もっともワイドショー、半分好奇心で編集された番組、どこまで真実にせまっているかなど、分かったものではないが。
 彼は男なのだが、身体は女なのである。女子高ではスカートの制服が苦痛極まりなかったそうだ。で、以前から不思議だったのが、いったい女とは?男とは?と言う問題である。着る服がそんなに大事?(当人にとっては大事だろうが。)
 歌舞伎の女形は"女らしく"あるためにより女らしいしぐさをする。けど、本物の女性は、そんな事に気は取られない。オカマだっていろいろ。本当に女性みたいな人や、そんな事には囚われていない、豪快な人まで。いったい男らしさって?女らしさって?
 ここまで考えると、どうしてもジェンダー論に行き着く。基本的に皆、好きな格好をすればよいと思うのだが、返って性同一性障害の人こそ、男らしさ、女らしさの呪縛に囚われているような気がするのだ。勉強不足なので、これ以上上手く表現できないのがもどかしい。不快に思う人がいれば、謝らなければならないですね。

「さよならみどりちゃん」を観た。 

 この際、タイトルのさよならみどりちゃんに関しては、とりあえず深い意味は考えずにいて欲しい。それよりも重要なのは、冒頭のセリフ、『私は溶けて無くなった。』と、主題歌に使われた、ユーミンの「十四番目の月」の歌詞。この物語は、恋した事で自我を無くした女の子が、「言ってはならない言葉」を言う事で、恋を終わらせ、それにより「みどりちゃん」の呪縛から開放される、と言うお話である。
 それにしてもこの監督、以前トホホに入れた「ロボコン」の人であるが、この作品は脚本も演出も冴えまくってます。その代表的なものが、主人公が好きになった男の描き方。一見ひどい男なのだが、実は結構奥が深い。浮気しまくっているようで、実は落ち込んだときに一度だけしかしていない。この事に気が付いている人は少ないようだ。

   監督 古厩 智之
   脚本 渡辺 千穂
   出演 星野 真里
      西島 秀俊(主役二人とても良いです。)

「リンダ リンダ リンダ」を観た。 

 "終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため"(終わらない歌)
 甲本ヒロトのあのせつない声を知らない世代でも、ロックはロックだし、メッセージは伝わる。
 終わらない青春。変わり行く世界。『このままでいられたらいいのに…。』冒頭で語られるメッセージを、印画紙に焼き付けるように映像化した作品。
 もうここに描かれる世界は、ボクには眩しくて、こっ恥ずかしい。さらに、主人公たちの要領の悪さにイライラし、映画的には「三日間かよ!」とか、「テンポ悪すぎ!」とか、突っ込みたくなる出来の悪さだけど、それでもこの映画は良い、と、言ってしまおう。青春にかけがえのないものがあるなら、少年よ、少女よ、この映画を観よ!
 (ただし、これよりも「青春デンデケデケデケ」は明らかに素晴らしいので、もっとお勧めする。)

本日PHS解約。 

 もう15年位になるが、確固たる信念の元、PHSを使い続けてきた。アンテナさえあればよく繋がり、音質が良く、医療器具のある所でも使え、身体に優しく、通信が早い。モバイルやらノーパソやら繋いで、活躍してくれた事この上なし。最近は移動中でも途切れない。地下街、建物お構いなし。決定的だったのはCMにトータス松本が出てた事だ。(そんなんかい!)
 な~んて、確固たる信念も何も、金が勿体無いので嫁のdocomoに変えたんですが。でも、好きだったので、使い続けたかったな。
 『はい、ウィルコムサービスセンターです。』
 長い長い付き合いが終わった。最後に丁寧に応対して下さった"担当のシラツキ"さん、ありがとうございました。
 『機会が御座いましたら、またのご利用をお願いします。』
 

美しい山ちゃんの悩み。(4) 

 『そっかー、私のことで、そんなに悩んでたのか。』さな子は言った。この店を気に入った彼女は、昨日からここで働き始めていた。
 『でもね、あんたの悩んでる事は、私だって悩んでる事だよ。』
 さな子は小さい頃から、男の子の格好をするのが苦痛だった。医者に診断してもらい、女になったときは、大手を振ってかわいい格好をした。ところがある日、スカートが面倒な気持ちが生まれた。気持ちが男になったわけではない。いままで通り、女として生きるのが自然な感覚はある。ただ、パンツが動きやすいとか、その程度の事だ。
 『ねえ、山ちゃん。私達は今まで、他人の考える男らしさと、自分の感じる男らしさの差異で悩み続けたじゃない。だから自分が思う、自分に似合う格好を、"私はこの服が着たい!"って堂々と着ようよ。着ていいんだよ。』
 吸い込まれる様な瞳で、山ちゃんはさな子を見つめた。『山ちゃん、あんたは女の私にとって、憎たらしいくらい可愛いよ。あんたはあんたらしく生きればいいのさ。』
 山ちゃんはそれを聞くと、ゆっくり上を向き、「ふうう。」と、長いため息をついた。少し霧が晴れた気分だった。

美しい山ちゃんの悩み。(3) 

 自分の信じていたものが不確かになった時ほど、人が不安になる事はない。山ちゃんは三日ほど店を休んだ。行こう、行かなければ、と思い、出勤する為の服を選ぼうとするのだが、どうしてもそこで何を着ていけばいいのか、悩んでしまう。こんな事は初めてだった。
 結局四日目に、何とか部屋を出たものの、世界はまるで変わってしまったようだった。何しろ、自分に向けられる視線が、侮蔑の眼差しに思えてしまうのだ。(私…おかしくないよね…?変じゃないよね?)そう思いながらも、誰も彼もが『変な格好して、オカマかよ。』と言っているようで、足がすくみそうになる。山ちゃんは泣き出したい気分のまま、店に入った。
 すると店には、さな子がなんと超ミニのワンピースで店にいた。そして山ちゃんを見つけると、『あ、山ちゃん、三日も休んで、具合悪かったの?』と、まったく無邪気に尋ねてきた。そのあまりの屈託のなさに、山ちゃんは「誰のせいだと思ってんのよ!」と言って、とうとう泣き出してしまった。
   (さらにさらに続く!次回最終回、もうちょっと付き合って!)

美しい山ちゃんの悩み。(2) 

 『…そっかあ、やっと"女の子"になれたんだね。』
 性同一性障害の女、さな子は微笑んだ。そういうさな子は、もう二年前に身体を女にしている。今では戸籍も女だ。
 それにしても、まるで男のような格好のさな子と、襟と袖にオーガンジーをあしらった、ワインレッドのツーピースの山ちゃん。ちょっと見ただけでは、単なる男と女のカップルではないか。膝上のスカートからすらりと伸びた山ちゃんの脚を、さな子は一瞥し『よく似合ってるよ。』と、さらりと言ってのけた。
 「何でさな子さんはスカート穿かないんですか?」女といいながら、かわいい格好をしていないさな子をいぶかりつつ、山ちゃんは尋ねてみた。
 『別に穿きたくないし。』
 がん…と頭を殴られた気がした。…まさか。…まさか。
 『女の子だからってわざわざ可愛い格好しないでしょ。』
 そうなのだ。そうだったのだ。始めから女だった者は、わざわざ確かめるような事はしないのだ。
 眩暈がした。(私って、女のふりをしている…?)
(さらに続く。)

美しい山ちゃんの悩み。(1) 

 オカマの山ちゃんは悩んでいた。つい最近まで、彼(彼女)は自分の事を、とても女らしいと思っていた。しかしその自信が揺らぎ始めていたのだ。
 大体今の女はなってない。股を開いて座るし、ガハガハ笑うし、電車の中で平気で化粧している。そこいくと山ちゃんは完璧だった。麗しい格好していて、電車にもおしとやかに座る。これは"男"だった学生時代からそうだった。オカマの中には、わざと下品な喋り方をする人たちもいるが、山ちゃんは好まない。"彼"は女になりたいのだから。整形をし、下も取った。男達が自分をチラチラ見ているのが分かる。ホルモン剤のお世話にこそなっているが、長年の夢がかない、幸せを噛み締めていた。
 ところがある日のことだ。山ちゃんが勤めているバーに、少し変わった女が客としてやってきたのである。彼女は性同一性障害により「女になった男」だった。
 しかし、この"女"、何なのだ。よれよれのジーンズに、ボマージャケットを羽織ったままの、まあ、要するにそこいらのあんちゃんみたいな格好である。『これじゃ男だよ、せっかく女になったのに、何でこんな格好してるのさ。』山ちゃんは思った。
   (次回に続く)

ハイちょっと注目ゥ~。 

 途中でホるかと思ってましたが、順調に記事も書き込まれ、キチンとさまになってきたので、記事をカテゴライズする事にしました。
 ちょっとは読みやすく、使いやすくなったと思います。カテゴリーをご利用ください。

「ある朝スウプは」を観た。 

 最初、『こーんな感情移入できんヒロイン、よう使うわ。』と、思ったくらい、なんかもう行儀っちゅうか、態度っちゅうか、だらだらで観続けるのが辛いです。さらに、恋人の引き起こす事が生理的に受け付けず、ますますしんどいです。ところが。
 最後まで観続けると、この話の奥の深さが見えてきます。そして、あらゆることが、監督の演出だったのではないか、我々は監督に巧みに騙されていたのではないか、などという思いがわきあがってくるのです。
 良くも悪くもPFF出身らしい作品。意欲作として評価したい。

   監督・脚本 高橋 泉
   出演 廣末 哲万
      並木 愛枝

「メゾン・ド・ヒミコ」を観た。 

 「ジョゼと虎と魚たち」の犬童監督が、男性同性愛者専用の老人ホームを舞台に、愛と友情と憎しみと老いをテーマに見据えて撮った作品。普通ではありえない舞台設定で、人間にとって真に大切なものをあぶりだそうとします。ただ、なんだかのんびりしすぎていて、「ハッシュ!」など、似たテーマの作品を取った橋口亮輔監督ならこれをどう撮っただろう?と考えてしまいました。きっとよりはっきりとテーマを明確に撮ったでしょうね。ただ、逆にのんびりした感じは薄くなったかも。まあ、最高の作品ではないと思いますが、これはこれで、暖かい映画です。きっとハマる人はいると思います。

   監督 犬童一心
   脚本 渡辺あや
   出演 柴咲コウ
      オダギリジョー
      田中泯

遅くなりましたが。 

 日本アカデミー賞なんだけど。
 去年度の賞を「三丁目の夕日」が独占したのは、いくらなんでもやりすぎ。後で井筒監督が『やってられんわ。』って苦笑したそうです。
 ホントにもう、日テレてば。

本日コーヒーの日、もしくはおいしい入れ方我流。 

 いろいろ好みはあろうかと思いますが、私の好きな入れ方です。
 豆はコロンビアのみ、煎り方は深煎り。コロンビアは安く、苦味と香りが特徴です。同じく安い豆としては、ブラジルがありますが、あちらは中庸で癖がなく、さわやかです。多くのブレンドコーヒーがこの2ヶ国の豆を使うのには、コストと、互いの欠点を補い合う関係だからです。
 コロンビアは一時品質ががた落ちしていましたが、最近もち直しています。政情不安、天候、同じ国でも生産場所、あるいは輸入するこちら側の出資金で大きく変わるのです。
 で、また書きますが、コロンビアは苦味、香りが特徴なので、入れ方は長所を引き出すようにします。
 ネル…と、言いたいところですが、手入れが大変で、私は3~4回でやめました。ペーパードリップです。
 何故深煎りか。この豆は深煎りに耐え、その香りとコクは深煎りで際立つのです。(ちなみに、ブラジルは中、又はやや浅煎りで)
 雑味を避けるため、粗挽きにします。湯の通りが速くなります。どうせ湯が沸くまで時間がかかるので、ゆっくり手で挽きます。(これは経験で根拠はないですが、器械だと早すぎて熱を持つからです)
 十分沸騰した湯を、ちょっとほったらかします。少し温度が下がったら入れます。季節天候でややタイミングを変えます。入れ方は文章で書きにくいので、コーヒーの本でも見てください。以上(だってほんとにコツが面倒なんだよ)。
 …豆は生豆がいいですが、自分で煎るのも面倒だ(最近の私)、という人は煎った豆を使ってください。最低。何しろ煎ったコーヒー豆は酸化し易く、挽いてしまうとさらにアシが速いのです。できれば信頼できる専門店で買うのが一番ですが(私は十軒くらい探しました)、面倒ならデパートでいいです。なまじな店より、回転が速い分安心です。そして一度に買いすぎない事。
 そうは言っても、一度に使い切るわけじゃないので、余ったら冷蔵庫に入れて保管してください。冷凍庫…は駄目だと思います。

女の敵は女なの? 

 大層なことじゃないんですけど、例えば裕木奈江の事だ。意味もなく、理由もなく、同姓に嫌われた。職場でも、地域社会でもよくある事だろうが…。
 落ち着いて考えて下さいよ、なんの正当な理由もないでしょ、と言っても聞き入れられない。『私が嫌いなんだから構わないでしょ。』って言うレベル。個人的な好き嫌いはそれでいいけど、意味もなくみんなに嫌われた者は、反論しようにも、何に、誰に腹を立てればいいのやら。
 先ほどの裕木奈江についていえば、『彼氏を横取りしそう。』『不倫してるみたい。』『顔が男に媚を売っているみたい。』などという、なんじゃそりゃー、お前は取られた事あるんかー!と、突っ込みたくなる理由だった(マスコミが一斉に彼女を叩いたのには、ちょっとしたうわさがあるのだけど)。
 一生懸命がんばる人の足を引っ張る話はよくある。男だってある。でも正当な理由くらいあってもいいだろ。才能ある人の歩みを邪魔するんじゃないよ。

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