FC2ブログ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ちょっといろいろありまして。 

なかなかブログの更新ができません。
風邪もひくし。
もうちょっと待ってね。

スポンサーサイト

「ULTRAMAN」を観た。 

 君が子供向けの映画を撮るとして、さて、何が大事な事だと思う?
 『夢と希望?』いやいや、そんなお題目よりもっと大事な事だ。『メディアミックス?』そう、それもそう。しかし、メディアミックスしても"それ"がないと意味のないことがあるんだよ。
 答えは、「財布のヒモを緩ませる事。」幾らメディアミックスしても、物を買ってくれないんじゃあ意味が無いよね。そしてその財布を持つのが"大人"なんだ…。(いっそ、お姉さんのシャワーシーンでも入れる?)
 かくして、最近の特撮は「大人も子供も楽しめる」物ばかりになってしまった。いや、悪い事ばかりじゃない。いい作品に出会いたくて、僕ら"大きなお友達(笑)"は、映画館に足を運んだり、ディスクをトレーに載せたりしているのだから。
 しかしどういうわけか、ヒーロー物に関しては、大人向けの物より、子供向けに真面目に作った物の方が、ずっと大人も楽しめたりする。そう、ウルトラマンのシリーズも。ではこの「ULTRAMAN」はと言うと…。
   あらすじ
 謎の赤い発光体と衝突した、空自のF-15パイロット真木舜一。その後遺症から空自を辞め、家族と平穏な生活を営もうとした矢先、防衛庁に拘束されてしまう。実は彼には、ある重大な疑惑が懸けられていたのだ。そのとき、真木を追いかけてきたかのごとく、おぞましい怪物が出現する。自衛隊もひるむ力の持ち主に襲われ、絶体絶命の危機に陥った真木。そのとき彼の体の中で、不思議な力が覚醒した。彼の身体には、赤い発光体の意思が宿っていたのだ…。
 と、まあ、これ読めば、初代ウルトラマンのオマージュである事は明白です。ただし、科特隊は無くて、リアルに自衛隊。怪獣も遺伝子を利用してフェノメノンしていく設定。幾つか見所もあって、感心したのが「屋根のあるところ」での戦闘シーン。普通、怪獣物だと、大きさの表現に →① カメラをミニチュアセットの地面近くに、仰角に固定。 →②手前に小物(バイク・家屋等)を置く。 →③その向こうに、怪獣を演技させ、 →④さらに奥に巨大ビルを入れる。…なんて感じで画面を造る。ところが、この作品の屋内戦闘は、例えるなら東京ドームの中で戦闘することで、その巨大さを表現しているのだ。高い屋根に頭が着きそうになる、ハラハラ感がなんとも新鮮。
 しかし正直、それ以外はどうもいただけない。ウルトラマンの飛行シーンはミニチュアでなくCGなのだが、ちっともかっこよくない。自衛隊が撮影協力したせいで、イーグルが馬鹿みたいに強い(自衛隊だけで倒せるんじゃないか?)。役者の熱演が、どうにも物語をまわりくどく感じさせること。そして主役の真木を、別所哲也がやった事。頭の中で、『ハムの人が…』『ハムの人で…』

『ハムの人だ。』としか出てこないんだよ!
 監督の小中和哉と脚本の長谷川圭一は、以前「ウルトラマンティガ ウルトラマンダイナ&ウルトラマンガイア超時空の大決戦」というのを撮っていて、これがどうにも矛盾、パラドックス、突っ込み所満載の映画だった。しかし、私はこの映画が大好きだ。なぜなら、そんな事に目をつぶれる魅力があったから。少年がヒーローに出会って、成長する、あるいは出逢いと別れ、ジュブナイルの要素満載の、心ときめく映画だったから。なのに、この映画では、大人も観賞できる作品にしようと欲張った挙句、なんとも小ぢんまりとした映画になってしまった。
 だから、最後に言おう。子供向けの映画に、本当に必要なもの。それは真正面に子供に向き合う事。小手先の技術で騙すことなく、大人が、子供のために夢を語り、メッセージを送り続ける事。ただそれだけである。

   出演 遠山 景織子
      大澄 賢也
      裕木 奈江

「ふたり」の事。 

 この映画こそ、私が邦画にハマったきっかけです。1991年製作されたこの映画は、当時の大林宣彦が最も脂の乗った時期である事からも、彼の代表作の一つといわれます。アイドル石田ひかりの初主演映画であり、NHKで先行放映されたときは、その衝撃的なストーリーから、私のようにハマった人間が何人も何人も…。
 原作・赤川次郎。原作との大きな違いは、姉・北尾千津子(中嶋朋子)の死ぬシーンと、友人・長谷部真子(柴山智加)の扱い。ひかり演ずる北尾実加の恋人に関するエピソードなど。その他もろもろ、大きく原作と違うのですが、テーマは一つのブレも無いので、原作者も『大変よくしてもらった。』と納得したできばえ。私など、当時は『これは完璧な映画でしょう!』と、本気で思ってました。
   あらすじ
 いつも完璧な姉千津子と、何をやっても駄目な妹実加。二人は尾道の風景に包まれ、少女の時を過ごしていた。しかし、ある日、事故に巻き込まれた千津子は妹の目の前で絶命。『あんたは、本当は私よりずっとずっと才能のある子よ。』と、言い残して。
 姉が死んでしばらくしたある日、実加は暴漢に襲われ、絶体絶命に。そのときなんと、死んだはずの姉が現れ、妹の危機を救う。『ずっと見てるって言ったでしょう?』。
 そして、幽霊の姉と、駄目な妹の奇妙な物語が始まる…。

 なんといってもこの物語の見所は、千津子を演じた中嶋の演技である。石田ひかりの実姉(ゆり子)と母が、劇場で泣きっぱなしだったとか、いろいろ言われるほどせつないです。もちろん、石田ひかりもがんばってるし、柴山智加の魅力、明らかに狙ったトホホな特撮、エンディングは監督と音楽監督(久石譲)のデュエット、尾道の"お約束"の風景等、二時間半にも及ぶ長編でありながら、片時も目が離せない出来。
 ハマるというのは怖いもので、私はその後何年もロケ地めぐりをやりました。また、千津子の命日については、"いつ"が分からない大林映画には珍しく、十月二十七日とはっきりセリフがあったので、事故現場に花をお供えしたことも何度あるやら。まあ、今となってはいい思い出ですが、今でもこの映画には特別の思い入れがあり、もし観たことの無い人がいたらお勧めするしだいです。ていうか、観てないなら、観ろ!

若気の至りで。 

 その女優に出会ったのはもう10年以上も前になる。地方の小さな劇団の、その娘は演出の秘蔵っ子だった。"僕"はその劇団に在籍する友人目当てに劇を観に行っていたのに、いつの間にかその子の演技ばかりを追いかけるようになっていた。
 …いじめられ、殻に閉じこもった中学生。戦前の良妻賢母思想の中で、自らの理想を追い続ける女子師範学校生。ゴジラに恋する女。好きな人のために、小さな嘘をつき続ける女。いろんな役で彼女は輝き続けたんだ。だから、いっそ近くにいようと、劇団の大道具係をする事にした。これって、ストーカーって言うのかな?
 別に何とかなりたいって思ったわけじゃない。恋心もあったけど、役者の邪魔はしたくないから、わずらわしくしないよう気をつけたし。まあ時間はあるだろうって思ってた。でも、実際はそんなに悠長な事ではなかったんだ。
 あるとき、ツタヤでビデオを借りようとしてたときだ。なんと、"僕"に向かって、彼女が階段を駆け上がってきた。『あ…。』と、声をかけようと思ったその"僕"の横を通り過ぎ、彼女は奥にいた男に抱きついた。それが今、彼女の夫になってるやつだったんだよ。
 …え?そんなベタな?本当だって。本当だから変えようもない。そんな20年前のギャグみたいな事が起こったんだ。『あー、全然俺は視界の外なんだ…。』と実感したね。
 なんだか拍子抜けして、もういいや、どうぞお幸せに。なんて思ったね。それでも、役者としての彼女が好きなのは変わりなく、"僕"はずるずる劇団に在籍する羽目になるんだけど。でも彼女は結婚し、妊娠と共に劇団休業しちゃったけどね。なんかやりきれないなあ。

 …本当に好きだったよ。でも、それは女優としてなのか、それとも異性としてなのか、はっきり分からないんだ。…だから、今でも、せつないんだ。

モデル。 

 流行のカリスマモデル。いいっすね。SHIHOさん。親しみやすくって。滋賀県出身でちょっと大人なのもポイント高し。山田優さん。かわいいっす。さらにかっこいい。いろいろやってて、どれもそつなくこなしてます。エビちゃんも最近良さが分かってきた。
 …でも押切もえだけは、いまだに良さがよく分からない…。ファンの人、スマン。

タイでクーデター発生。 

 タイで起こったクーデターには、今ちょうど日本でも自民党総裁(≠首相)選挙が行われた事から、深く考えさせられる。
 びっくりするのは、タクシン首相が国連に出かけるのを狙ってのタイミング。一番成功しやすいのは間違いないが、よくまあ、気が付かれなかったものだ。その手際のよさからも、かなり練られた計画であるのは間違いない。さらに、政、財、マスコミの重要なポストにある人物も、咬んでいたのではないか。たった一日で事態が収集したのも、それを匂わせる。もちろん、国民も、政権に愛想を尽かし、クーデター側に付いたのが大きい。プミポン国王の威光もあったろう。
 しかしながら、正直、こんなやり方は劇薬みたいなものだと思うのである。軍隊が珍しく人民側に立ち、無血革命を成し遂げるなど、何度も無いと思っていい。速やかに軍の介入しない選挙を行うなんて、出来過ぎだ。本来、人民はその自らの道を、自らの選択で決めねばならない。
 そして、わが日本。総裁選は人気投票となり、戦後60年、早くも民主主義は衆愚政治と化しつつある。もし、安部新総裁の言うように、戦後の教育が悪いとするのなら、それは今まできちんと国と人の係わりを教えてこなかった、自民党の政治そのものが悪いのである。なんで「ファーストレディーのファッションチェック」などというくだらん物を見にゃならんのだ。「晋ちゃんまんじゅう」いい加減にしてくれ。それで国が良くなると思っているのか。
 民衆主義は人民自ら行く末を決める。いつも勉強して、更新していかなければ、腐るのだ。

御悔やみ。 

 香川高松のうどん屋、中北の大将がお亡くなりになった。大好きなうどん屋だったので、とても悲しい。人はいつか死ぬ。それは分かっているけれど。
 四度ばかり寄らせてもらった。高松市のはずれ、住宅地の中の判りにくい所にある。行く度に店内のレイアウトが変わっていたり、駐車場が大きくなっていたり、印象が変わるのが面白かった。うどんも美味いが、店内で揚げているてんぷら類がまた美味い。ことに、鰯のてんぷらは、この店を代表するメニューである。ウルフルズのポスターを貼ってたな。娘さんがファンだったそうだ。地元のおっちゃん、おばちゃんがわんさか押し寄せてきて、ゆったりした時間が流れて…。できるなら、また行きたかったよ。おっちゃんのうどんが食べたかったよ。

「東京大空襲~ガラスのうさぎ」を観た。 

 今は昔、小学校の体育館でこいつを見せられた事があるのだ。そのときは泣いたのだ。『苦労して、なんてかわいそう。』って。その時の落とし前をつける為に、改めてこの作品を観た。
 そして今、観終わった感想は、やはり子供向けだったのだな、というものである。今では、東京大空襲がどんなものだったかは、知識として知っている。だからあの作品の戦争の描写は、「生ぬるい」と思えるのである。第一、主人公は空襲に遭ってない。(些細な事だが、空襲シーンに使われていたフィルムは、大阪空襲の記録ではなかったか?)
 また、戦中・戦後の描写も、悲惨とまでは言い切れないような話である。ガラスのうさぎも、大したモチーフにならないまま終わってしまった。
 もちろん、子供向けというのであるなら、これはこれで良い。ただ、大人が観るのには、食い足りない物語だ。この頃の邦画は既に硬直してたんだろうか。

   監督 橘 祐典
   出演 蛯名 由紀子
      長門 裕之
      長山 藍子

風呂場でなんか頭に浮かんだ事2。 

 ああ~っと!はいった!はいってしまったぁ!強~烈な右フックに、ロープまで猫が吹っ飛んだ~!これはいけません、立てるか?立てるか~?
 …おおっと?何だ?何が起きたんだ?ええー…ラジオをお聴きの皆様には、よく分からないかもしれませんが、猫ひろしの体が光り輝いています…これは?覚醒ですか?覚醒ですね?
 猫ひろし覚醒ー!

 ホンマン再びパンチの連打、連打!だが当たらない、当たらなーい!猫ひろし、ホンマンのパンチをひらりひらりとかわしている!そして、巨人の身体を駆け上がって…ホンマンが肩車をした形になったぞ?これはどうなるんだ?おおっと!これは猫ひろしの引っかき攻撃ー!

『にゃーあ!にゃーあ!』観客も大合唱だー!『にゃーあ!にゃーあ!』

 ホンマン、たまらず頭の上の猫に対しパンチを放つが、全て避けられている!猫、身体を折り曲げ、あるいはくねらせ、巧みに避けている!まるで野生の豹であります!おおっと!?

 なんということでしょう!猫が避けた拍子に、ホンマンの放ったパンチが自らのこめかみに当たってしまったぁ!ホンマン、ダーウン!!今、最強の矛が、難攻不落の盾を貫いてしまったぁ!
 …テンカウント!テンカウントだあぁーっっ!!
猫ひろし、チェ・ホンマンを撃破あぁーっっ!!


 …などということを、こないだ風呂に入っているときに想像してしまって、のんびりしようとしてたのに、興奮してのぼせました。

風呂場でなんか頭に浮かんだ事。 

 …さーあ、因縁の対決であります、「猫ひろし対チェ・ホンマン」!もはやどういった経緯だったか、本人たちも覚えていない戦いでありますが、事、此処にいたっては、もう一歩も引けません!格闘家と芸人、それぞれのプライドをかけた戦いであります!なお、この戦いの為に特別ルールが設定されました。
 さあ、ゴングが鳴った!軽快に動く猫に対し、じわじわと間を詰めていくチェ!その姿はまるで人間山脈、一人民族大移動、かのアンドレ・ザ・ジャイアントを彷彿とさせます!猫147cm、チェ218cm。その身長差、実に71㎝であります!おお~っと!ここでホンマンの強~烈なワン・ツー!この実況席まで風を切る音が聞こえてきました!猫、間一髪だー!これは当たればいきなり大ピンチになってしまうぞ!?おっと、続けてフックの連打だ!あーっ!…ご覧下さい!ホンマンのパンチでコーナーポストが曲がってしまいました!これは危険だ!あーっ!?
 (続く)

夢判断。 

 昔からカラーの夢をよく見ていたのだが、最近では起承転結がついた、ちゃんとした話になった夢をよく見る。こりゃラッキーだね。
 以前見たのは、よくある"追いかけられる夢"なんだけど、ナメクジのような"それ"に追いかけられて"感染"してしまうと、人間がナメクジになってしまうんだな。舞台は山に囲まれた田舎町。はずれに古びた洋館。で、周りの住民がどんどんナメクジ化していって、私と友人たちはついに洋館まで追い詰められる。で、普通はぎりぎりピンチのところで目が覚めると思うでしょ?あにはからんや。私達全員ナメクジ化。しとしと雨が降る町を、人間だったナメクジが蠢きまわる…ところで目が覚めた。
 それはそれは後味悪い夢だったが、どうもテーマは、
"全員ナメクジだったら、それは不幸ではない"
という、なんだか哲学的なものだったらしい。当時、「うずまき」とか観てたんで、ヴィジュアルイメージはそのあたりから来てるらしい。
 また、別の日に見たのは、→強権的な生徒会が学園を恐怖支配している所にやってきた主人公が、生徒会を倒して学園を開放するっていう、まるで「炎転」「ウテナ」「ベルばら」などの設定をつまみ食いして、5で割ったくらいのキワモノでした。アクション満載、なかなかのスペクタクルで、最後の爽快感は素晴らしかったのですが、これもここで終わらない。なんか、実はさらに黒幕が存在していて、要するに教職員なんだけど、最後は"新たな戦いが始まる!"…で目が覚めました。なんじゃー!このベタな終わりはー!

「シムソンズ」をついに観たぞー! 

 残念でしょうがないのである。なにがって、後ちょっとで傑作になれたのに!と、いう悔しさである。
 もうちょっと、ほんの後ちょっとが足りないのである。演出も、脚本も、撮影も、そして役者も。
 (以下あらすじ・ネタバレあり)
 脚本はまず強引さが気になってしまう。なんか、ローカルヒーローがいるんだけど、この人物に引き込まれてカーリングを始めた動機付けが弱い。また、シムソンズを追っかけるローカルTVも、その動機付けは弱い。シムソンズメンバーをスカウトした経緯もあやふや。とにかく、全て丁寧に書こうとしたためか、全てが中途半端に。何で彼女らは短期間で上達したのか。何でライバルチームはあそこまで敵視してくるのか。そのコーチはあそこまで大人げないのか(説明が不適切)。しかも最後に突然いい人達になってしまうのか(説明なし)。
 以前、「スウィングガールズ」でも書いたけど、丁寧に書くためには、ある程度端折った上で、書かねばならないところは書き込まねばならないのである。何度も引き合いに出して、自分でも嫌になるが、「がんばっていきまっしょい」は丁寧な書き込みをした結果、メンバーを集めるという重大シーンすら削って、違和感が無かったのである。「ワイルドフラワーズ」では、主人公の成長を表す為に、ひたすら練習シーンを映した。それがあった故に、ラストでの死闘にリアリティーが出せたのだ。
 かけがえのない友情を、悔しい涙、勝利の喜びを見せたいなら、血のにじむ苦労を、決して端折ってはいけない。だからいっそ、ライバルチームとの確執なんて無くてよかったのだ。大泉洋演じる、自分たちのコーチの苦悩は、協会会長の夏八木勲に語らせて済ませればよかったのだ。確執がないなら、最後にライバルチームが、手のひらを返すように健闘をたたえる不自然さはなくなる。また、松重豊演じるTVクルーも、途中からたまたま追いかける羽目になるようにした方が、主人公たちの成長に合わせて注目されるようになったという事を、匂わせられたのではないか。
 カメラの不満は、画面にロマンが見えないことに尽きる。今は無き"常呂町"の風景はまったくもって美しく、この風景の中での撮影は、きっと気持ちよかったろう。だが、あんなに雄大な自然なら、もっと綺麗な画を撮影できたはず。春夏秋冬、朝昼夕晩。そんな、自然の中で躍動するシムソンズを、もっと高いレベルで撮る事ができたはずだ。コーチの軽トラで、毛布かぶって走るシーンで、涙が出てしまうほどの画にできなかったのは、(演出も含めて)不覚!
 主演の加藤ローサ、藤井美菜、星井七瀬、高橋真唯は合格点。ただし、弱い。演技力はどうしようもないが、せめて演出で光らせて欲しかった。
 ともかく不満はあったのだが、文句をつけつつも、これはこれでいい作品だったと思う。中学生、高校生に観て欲しい映画だ。だから、ね、続編作って。大人が観て楽しめるやつ。お願い。

   監督 佐藤祐市
   脚本 大野敏哉

「さよならCOLOR」を観た。 

 竹中直人監督作品。いろいろ言われているようだが、良い作品を狙って撮れるのは、大したものだと思います。「連弾」が好みだったんですが、ガラっとアプローチを変えて、女性受けを狙ったかのような恋愛物。
 連れションは前後の演出に気を使っていたため、意外とロマンティックでしたが、あれ本当にやったら頭おかしいですな。
 竹中直人が主役だったのは、別に気にならなかった。出演料が安く済むならそれもまたよし。
 原田知世は、彼女の過去の映画出演の中でも、最も魅力的です。それだけでも観た甲斐あり。
 それにしても、純愛とストーカーの境界ってどこにあるんだろうねえ。この主人公は以前、町中に響き渡るくらい『未知子さん好きだー!』と、叫んでたんだけど、結局それが今になって彼女の心を溶かしちゃうんだもんなあ。話としては面白いけど。

   脚本 竹中直人・馬場当

もう~すぐ~、ハロウィン~♡ 

 なんか、ウチに帰ったら、嫁さんがリラックマをハロウィン仕様に改造していた
20060908003208.jpg

改造リラックマ …やるなあ。
 さらにその下で寝ているトト。
20060908003146.jpg

 猫としてどうなんだ?正しいのか?あ、正しいのか。

「新幹線大爆破」を観た。 

 えー、これは初めて観ました。邦画を代表するパニック映画なので、もっと早くに観ておくべきだったのですが。これをヒントに「スピード」シリーズが作られたのは有名ですね。
 正直、無駄なシーンが多いような。カットも今の時代からすれば、だらだらした感じ。まあ、これについては、時代が違うんだから、まったくどうだっていいんですが。
 それよりも、もっとエピソードを絞り込んでもらいたかったなあ。で、それをどういう順に見せていくか。具体的には、犯人側の回想シーンがいちいち入ってきて、物語の流れを止めるのには参った。だらだらアセチレンガスを受け渡すシーンなどは無くってもいい位だ。パニックになる車内の描写は時代を感じるなあ。運良く柔道部が通りかかったり、喫茶店が焼けたりするのはやりすぎ。このあたりの警察の行動は間が抜けていて、こういったご都合主義は「踊る…」などの今に至る。(なお、この間観た「交渉人 真下正義」はこれにも影響受けてたのね。似たシーンがいくつか…。)
 で、ここまでくさして面白くなかったのかといわれれば、今観ても充分面白い、というのが感想。何よりイントロのスマート感はいまだに衰えてない。ここまでは音楽も格好よく画面に合っていたし。役者も、倉健本圭宇津井健はめっちゃ良いです。警察の「正義の為なら悪をも辞さず」な非情さも、複雑な感情をもたらし、犯人側に肩入れしたくなる一因となる。クライマックスをもっと緊迫感を持たせた上で、リメイクしてもらいたいと思える映画でした。

   監督 佐藤 純彌
   脚本 小野 竜之介・佐藤 純彌

ウチの息子、ピ~ンチ! 

 大悟がちょっと入院しました。
係留睾丸で。
(恥ずかしー!)
 術後は快調です。

20060903153256.jpg


 入院中の息子。めちゃめちゃ泣き喚きました。個室にしといて良かった…。

「笑の大学」を観た。 

 ありえない事件が起こる。とか、とんでもない人物がハプニングを起こす。とか、もう、三谷幸喜の脚本にはついていけないのである。リアリティーのかけらも無いのでは、たとえコメディーでも観ていて辛いのだ。だから私は「ラヂオの時間」が嫌いだ。「みんなのいえ」が大っっっ嫌いだ。多分「有頂天ホテル」も嫌いになるだろう。観てないけど。
 さて、この「笑の大学」、監督は三谷幸喜でなく、星護。まあ、脚本家がメガホン取るよりまし。そこそこ観る事ができた。役者も、稲垣吾郎以外は良い。(彼と役所以外は殆んど出ないが。)そう、吾郎ちゃんは駄目。口をすぼめてオドオド感を出そうとする演技が寒すぎる。そこいくと、役所広司は神憑的な熱演。主な登場人物が二人だけなので、余計に違いが際立つ。(現在、SM・Pの中で良い演技するのは慎吾君だけかな?)
 ここからネタバレあり。イイ感じで進んだ物語が、急転直下、検閲官の逆鱗に触れ、『笑いが一切無い喜劇を書いて来い!』と難題を吹っかけられる。どーする?どーするよ?観ているこちらはドキドキである。『無茶な。いや、幸喜の事だ、見事にこの難題も超えてみせるだろう!』と、期待しました。
 …馬鹿でした。主役が徴兵されるとは。「逃げやがったなー、この野郎ー!」思わず叫んじゃいました。まあ、そんなんでも、戦争の悲惨さとか感じられたらオッケーですが、いかんせん唐突すぎました。役所さんのノリノリの演技が続いた後だけに、話の大転換についていけません。舞台ならこれでもよいでしょうが、映画であるなら、もっと効果的に納得させる方法があったと思います。敬礼するってナンですか。笑いの大学劇場から、警視庁に至る道で、普通に時代を描写すりゃよいだけの話だ。
 相対的に練りこみ不足。これは制作費がかかってないから、そこそこ当りゃ配給は満足したでしょうが。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。