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昔々の三国志。 

 『孫権、孫権よ。』
 ある日うたたねをしていた孫権は、懐かしい声に起こされた。いや、実際は起きていたのか、何しろ枕元に立っていたのは死んだはずの父と兄だったのだから。『仲謀、起きなさい。お前に渡す物がある。』
 「やや、これは、父上、兄上。黄泉の国へ行かれたはずが、何ゆえ吾輩のもとに。」
 『判らぬか。まあ仕方あるまいが、とにかくこれからお前はこれを肌身離さず持ち続けるのだ。』そういって、兄が懐から取り出したものは、なにやら黒くて丸い物体。
 「…なんで御座いましょう?…赤ひげ大爆発…?」その物体の周りには、そのような貼り紙がしてあった。
 『仲謀、これは人の生死をつかさどる器械ぞ。この中には"たいまぁ"なるものが組み込まれておっての、持ち主の命の残り具合を指しておる。それがなくなると、この中から赤ひげなる世にも恐ろしい物の怪が飛び出してきて、持ち主の命を連れ去ってしまうのだ。』
 「そ、そんなあ。」『情けない声を出すな、孫権。おぬしの兄も、受け取ったのだ。』 『いやいやで御座いましたが。』そうつぶやいた孫策を、孫堅はキッとにらみつけて、さらに続けた。『まあ、これを持つ事が呉候の証。諦めなさい。ほれ。』そう言うと、孫堅は孫策の持っていた赤ひげナンチャラを孫権に放り投げた。
 「うわわあ。」思わず孫権は孫策に赤ひげを投げ返してしまった。『ややや、おぬし、兄に向かって何たる事を。』そう言いつつ、孫策は隣にいた孫堅にそのままそれを手渡した。『あ、おまえ、なんちゅうことを!孫権、受け取れ。』「厭ですよ、おふたりともこれが原因でお亡くなりになったんでしょ。僕そんなん欲しくないです。」『あ、コラ、もう俺は死んでいるのだ。何故また死ぬような目に会わにゃならんのじゃ。』「だから厭なんです!必ず死ぬんでしょ!?」『オゥ、俺など、まるであだ討ちだったぞ。』「やぁだよ、そんなの~!!」
 …しばらくの間、赤ひげはぐるぐる三人の間を回っていました。しかし、結局孫権はそれを押し付けられてしまったのでした。「ううっ、やだなあ。」
 こうして、呉の国は孫権の下に大きくなったのでした。めでたし、めでたし。

 えー、あんまり詳しくないので、細かい突っ込みどころは無視してください。

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天然だからいいんです! 

 『天然だからいいんです!』などと言っている社長がいるが、大笑いである。「だったら、テトロドトキシンは体にいいのか。」という事である。
 どうも、天然だったら安心、などという間違った認識が、世の中には広がっているようだ。合成着色料は危険。味の素は邪道。
 まあ、添加物は無い方がいいのだが、天然由来の着色料にも、使用禁止になった毒物があったはず。安心とはイコールではないのだ。
 すこし漢方をかじったことがあるが、あれは基本的にオーダーメード薬品である。風邪なら葛根湯、胃痛なら芍薬、桂枝などと、一律に決まった処方など、どれほどの効果を期待できようか。それでも、『なんだか漢方だったら、身体に無理がかからなくていいかも。』という期待でみんな薬局で買っていると思う。しかし、漢方だって薬である以上、劇薬になりうるのだ。

オープンエア。 

 先日、ポルシェボクスターが、炎天下に屋根を開けて走っていたので、嫁とふたり、「あほや。」と言ってしまった。
 せっかく手に入れたポルシェで、屋根を開けたい気持ちは分からんでもないが、この季節、高知でオープンエアは自殺行為である。やるならエアコンがんがん掛けた上で、キャップ着用は必須であるが、そのオーナーはノーキャップだった。
 嫁はデルソル、私はMGに乗っていた経験から、高知のオープンエアクルージングは、冬がベストであると断言する。限界はゴールデンウィークと思ってもらって良い。つまり、多くの人が屋根無しの季節と思っている大型連休は、高知ではそろそろ日差しがきつい季節なのだ。
 清少納言風に言えば、

 夏はゆうぐれ。だんだん日が傾きて、一番星の一つ二つ明かりたる、いとおかし。
 冬は夜。息白くして、温いいでたちにヒーター効かし、星影冴えわたりたるもおかし。

 といった具合。ただし、秋は難しい。急に日が暮れると共に、どんどん気温が下がる為、体温調節に気を使う。それでも、開けて走りましたが。まあ、そんくらい気持ちいいんです。オープンは。

「虹の女神」を観た。 

 序盤、わざとだと思うが、あまりにも音が聞き取りにくい。
 空気を読まず、撮影の邪魔をする奴は嫌いだ。
 ラーメン食ってるときに、台本読ませる奴は嫌いだ。
 軍資金も無いのにフィルム撮り!
 消毒→『いてっ!』…ベタや…。
 デリカシーの無い男と、感情むき出しの女は嫌いだ。
 8ミリオタクの妄想に、つきあうつもりは無い!
 鈍感通り越して、馬鹿!
 あやまれ!相田翔子にあやまれ!

   監督 熊澤尚人
   脚本 桜井亜美 齊藤美如 網野酸
   出演 市原隼人 上野樹里 蒼井優
      酒井若菜 小日向文世 佐々木蔵之介 他

mazda地獄。 

 昔、マツダの車は実車と企業ブランドの間に差があったため、マツダの系列販売以外での下取りが安く見積もられた。そのため、高く下取りしてくれるマツダでまた車を買う羽目になるという、「マツダ地獄」に陥るとされていた。
 今はマツダの車に、ひところの安物イメージはなくなったので、地獄の状況はもはや無い。
 しかし、思うのですが、車好きにとってはマツダ地獄って天国の状態だったんじゃないかなぁ。

「時をかける少女(2006)」を観た。 

 昨年この映画が起こしたムーブメントは面白かった。夏休み、ゲド戦記とブレイブハートの二大巨頭が争っているその脇で、これは口コミでどんどん客足が伸び、ついに異例の拡大上映&ロングランに至ったのである。さらに年末の日本アカデミー(権威なしだが)アニメーション部門大賞である。これは結構痛快な出来事だった。しかし、原作のファンの一部では、これのどこが「時かけ」なのだと言われたり、オタク向けのアニメなんじゃねえの?などと言われたりもしていた。
 私の感想を言おう。結論から言えば、「オタク向けの映画ではないし、時をかける少女と名乗っても問題は無いが、むちゃくちゃ良い作品でもない。」である。
 まず、タイムパラドックスについては無視せざるを得ない。何しろ我々の誰もタイムリープを経験したものはいないからだ。経験したことが無い以上、『ココはこうならないとおかしい。』などと言っても説得力はゼロである。したがって、こういうタイムトラベルものは、「破綻してない限りは、作り手のルールの上で遊ぶ」のが基本だ。じゃあ何が気になるのだ。
 主人公たちは、男ふたりと女一人、昔からある”黄金率の三角関係”である。もとより、男と女の友情は成り立つと思っている私だが、この作品では三人の結びつきにどうも無理があるような気がした。夏の日に三人グラウンドで野球ぅ?画としても、さりげなさからも良い演出ではあるが、考えてみたら凄く不自然。え?バット持ち歩くの?君たち他に友達いないの?女投げしてる真琴は何であんなに遠投できるの?
 また、自転車のブレーキが壊れるシーンでは、後ろのブレーキが壊れる描写しかないものだから(チラッと両方が壊れたようなカットもあった気がするが)、この演出だと前ブレーキで止まれるよなあ、と、あせる主人公を冷ややかに見てしまったり。
 大事な疑問もある。”彼”は遠い未来において、絵が失われているのに、その絵をどうやって見たのか。絵に恋をした動機も、本人はちょっと喋っただけで、実は叔母の芳山和子(あれ?伯母になるんじゃないの?和子に姉はいなかったよね?)が全ての事柄を解説している。これは卑怯かも。だって彼女こそが唯一の「時をかけた少女」なのだから、説得力あって当然だし。
 人物の性格設定も極端すぎる。すぐ逆恨みする奴。とんでもない内気な奴。主人公からして、物凄く行き当たりばったり。まあ、後で馬鹿だと解説されますが。また、時間をストップさせる能力が、説明もなくいきなり出てきたり、些細な事では、水を切る石の動きが嘘くさいなと思ったり。つまり、タイムリープ関係以外の、この現実にリアリティーが無いのだ。
 何故こんな事になるのだろう。正直、こういったことも、本来目をつぶれるタイプの観客である。私は。なのにこの作品では気になって仕方が無かった。何故?…そして気がついたのだ。「声優が下手すぎる」。
 例えば、最後の別れのシーン、みっともなく大口開けて泣くところは、本当なら彼女のせつなさと、ひたむきさが表現されていなくてはならないはずだった。だが、映画ではただの馬鹿泣きである。これのみならず、主人公の力量不足ははなはだしく、オーディションとは何のためのオーディションだったのかと小一時間…。
 最近アニメのプロモーションの為か、声優の仕事をアイドルやお笑いに任せることが多い。しかし多くは失敗していると断言する。これは製作には注意して欲しい。声優が何のために職業としてあるのかはそれなりの理由があるのだ。
 夏の空のあの煌めきに、心動かされた良い作品だと断言はする。また、真琴の家は、原田知世版の家と間取りや調度品が似ていて、郷愁を誘う鍵になっている。この気遣いが何故全編に貫かれなかったのか。高得点なのは間違いないが。

   監督 細田守
   脚本 奥寺佐渡子

皆さんも御一緒に。 

 最近よく怒る。昔から怒っているが、子供ができてから特に「社会に」怒っている。
 映画館で携帯をつつく奴を怒り、割り込みをしてたら怒り、世の中の不正に怒る。ストレスを溜めたくない事もあるが、それより、「怒るべき時に怒らないのは卑怯だ。」と思うからだ。だから子供ができて、ますます怒るようになった。
 以前スーパーで騒ぐ子供を大声で叱ったら、その子の親と危うく警察沙汰になる所までいった。またあるときは、右翼の街宣車に喧嘩を売って音量を下げさせた事もある。さすがに「こんな事続けたら命がなくなるかも」と思って、以後はしてないが。
 嫁はクレーマーとか、こんな事で意地を張る奴が嫌いなので、こんな私を快く思ってないのだが、それは違うよ、と言いたい。私は、自分の子供にツケを回したくないだけなのだ。彼が大人になるとき、『こんな国は厭だ。』と、思ってほしくないのだ。
 だから、自分の子供と同じようによその子供も怒る。政府が無駄遣いをして借金が増えたら怒る。自分の子供が他人を殺したり、殺されたりする未来は厭だ。世界は平和であって欲しい。生きようとする子供に光を。年寄りが敬われますよう。努力が報われますよう。
 そんな国であって欲しいだけなのだ。

相武紗季。 

 JALの四国キャンペーンなので、限定なんでしょうが、相武紗季が土佐弁を喋っている。『高知からはJALで。待ちゆうきね!(待ってるからね)』…完璧なイントネーション。いくら関西の宝塚出身だからって、広末やソニンじゃないんだから。どうやって練習したのよ。南野陽子は、スケバン刑事やった時、土佐弁指導もつけてもらえなくて、独学で喋っていたそうなんだ(それで!)が。そうゆう事じゃないか。
 2005年、ドラマ「がんばっていきまっしょい」、相武はあんまり上手くなかった。遡る事2年、映画「茶の味」では笑っているだけだった。グラビア出身。ただ、女優志向は強いらしく、どんどん向上している。その点、いくらCM出てもちっとも上手くならない長澤○○○の10倍は見込みがある。
 母も姉も宝塚、本人は学生時代水泳部のがんばりや。流行の美白に囚われない小麦肌、まだまだ伸びしろはあるぞ!

見分けが付かん2。 

 見分けが付かんちゅーより、混同してしまうんですが。
例・1 ボン・ジョヴィとヴァン・ヘイレン。
    →俺「えーと、あの、ボンジョビやったっけ、AU by KDDI…」
    嫁(冷ややかに)『バンヘーレン。』
例・2 エルトン・ジョンとビリー・ジョエル。
    →俺「えーと、イギリス出身は…」 嫁『エルトンジョン。』

自殺なんかじゃないと、きっと言える。 

 「ZARDのおっちゃん」
 坂井泉水のことを、我々はこう呼んだ。
 もちろん、坂井泉水が男ではないことぐらいは知っている。
 なんというか、彼女の極端に露出を避けるところに、我々は神秘性よりも、恣意的なものを感じていて、それを茶化して『坂井泉水は実は男だ!』という、お笑いネタにしていたのだ。
 そう言ってみると、なんだか「ざーどのおっちゃん」という呼び方は実にしっくりきた。なんだか彼女に、気風の好さなんてことも感じていたのかもしれない。
 彼女の死後に露出は図らずも増え、彼女が想像以上にたおやかな人であるのを知ったのだが、それでも不謹慎にも、私は彼女に親しみを込めて呼びかけるのだ。「ZARDのおっちゃん」と。


 「はあ、はあ。」

 …彼女は病院の非常階段を上り下りしていた。人目につかないように、朝早く、人気の無い場所を選んでのことだ。
 彼女に子宮頸癌が見つかったのは、去年の事。手術は成功したはずだったが、今年の四月に肺への転移が見つかり、すぐに手術が行われた。
 …それから彼女は、リハビリに取り組んでいる。
 手術そのものに恐怖は無かった。
 「それよりも、歌えなくなる方が怖い。」
 彼女はつぶやく。外科手術も、抗癌剤も、彼女の気力を萎えさせようとする。将来は不安ばかりだ。歌を生業として、人々にメッセージを送り続けてきた自分が、歌えなくなるかもしれないという事。歌えない鳥に生きる価値があるのかしら。そう挫けそうになる心を、彼女は奮い立たそうとして、リハビリを続けている。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「歌えなくなる方が怖い。」
 彼女はより、明確な意思を持ってつぶやく。リハビリに取り組んで、何日目だろうか。
 もはや外科手術も、抗癌剤も、彼女の気力を萎えさせることは無い。結局、彼女は心から希望の力を信じる事ができる類の人間だった。弱くて、ふらついても、前に進める人間だった。
 彼女は今日、もう二往復も上り下りしている。今できる、最善のことをしよう。その意思が、彼女に力を与えていた。
 痛みがあること。汗をかくこと。自分の体が、こんなに愛しく思えたことは無かった。
 「歌えなくてもいい。」
 今度はさらに明確な意思を持って断言した。非常階段の踊り場で、彼女は息を整えながら考える。なんだか矛盾してるよ。でも、その言葉は、なんだか同じところから出てきたような気がした。目いっぱい生きよう。歌えるなら思いっきり。歌えなくっても思いっきり。歌えない私はとてもさびしくて、ちっぽけな存在かもしれないけど、だったらそれをみんなに見てもらって、誰かの力になろう。私が惨めに戦う姿は、誰かをきっと勇気付けるだろう。
 力がみなぎる。しんどくて、ふらふらしてるけど。
 …五月の夜明けの空が明るくなってきた。ふと、空を見上げる。昨日は雨だったのに、今日の空は高く晴れ渡っている。雨に洗われ、澄み切った空気。息を吸い込む。今なら、一番上手く歌えそうな気がする。ありがとう。生かしてくれて。

 空をもっと見たいな。

 彼女は、手すりに、腰をかけ、天を、仰いだ。

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