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「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ」を観た。 

 スケバン刑事は、原作(和田慎二)を呼んで熱狂していた世代である。
 そのスケバン刑事がドラマに!と、熱狂したのもつかの間、出来はアレで、情けないやら悲しいやら。しかし、なんだかんだ言っても斉藤由貴のアイドルパワーに、力づくで納得させられたのも事実。
 続く鉄仮面伝説でもナンノいや、もっと言うと相楽ハル子にノックアウトさせられた。
 3の少女忍法帖伝奇は、もはやスケバン刑事とはかけ離れているが、シリーズ最高傑作と言っていい。

 ま、それはともかく。
 監督が息子深作なので、最初から期待はしてませんでした。ネットのレビューでも評判悪かったし。
 実際に観てみると、少なくとも松浦亜弥はがんばってる。はっきり言って、歴代のアイドルの中では一番演技が上手い。…しかし、この作品はそれを生かすことなく終わってしまった。
 何がダメって、脚本のダメダメ加減は際立ってダメである。いったいこの脚本家は、インターネットの知識を持っているのか?
 なんか、いつの間にかHPがのっとられて悪の組織に利用されているらしいんだけど、被害者がなぜか其処に書き込みをしている心理が分からない。
 CGもしょぼく、爆発のシーンはどうしようもなく萎えるし、大体サキは強いのか、弱いのか分からん演出は大いに疑問。登場シーンで物凄く強かったのに、ヨーヨーを手にした途端、えらいお間抜けになってしまう…って、小道具の使い方、間違ってるよー!
 さんざん気を持たせた悪の組織も、その首領も、正体が明かされてみればなんて事ない矮小さ。『これはゲームなんだ』という悪人なんか、もうゲップが出るくらい見飽きてます!窪塚俊介は、どうも役にしっくり来ていないぞ。
 しかし、相変わらずだったのが竹内力。この人、とても上手い役者なのに、この監督と組んだ映画では、えらく大根振りを発揮します。この作品もしかり、いったいどういうキャラ設定やねん。

   監督 深作健太
   脚本 丸山昇一
   出演 石川梨華 斉藤由貴 長門裕之 他

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カレーパンは売り切れた。 

 メロンパンってあるでしょ。
 正直、あれのどこがおいしいのかが分からない。パサパサしてるし。
 TVなんかでしょっちゅう特集されてて、みんな『おいしいおいしい』なんて言ってますが、嫌いなのは俺だけ?
 などとブルーになってたら、これが結構嫌いな人が多いみたい。

 メロンパンって、もともとはメロンの形をしているからメロンパン、と言ったらしいですな。別にメロンとは関係無い。
 最近はメーカーも気にして、香料とか使ってますが、市販品の多くはメロン果肉は使っていないorちょっと使ってる程度。
 とにかく、パサパサしてるし、甘いだけでメロンぽくないし、いや、そもそもメロン好きじゃないし、ぼろぼろ落ちるし、歯にくっつくし。

 最近はアレですな。チョコメロンパンとか、牛乳メロンパンとかあって、まあ、それはいいとして、イチゴメロンパンとか、マロンデニッシュメロンパン(長いな…)とかあるらしいんです。…って
どこがメロンパンや~!

「気球クラブ、その後」を観た。 

 「君の名は」の様な、すれ違いのドラマはもう作れない。なぜならケータイがあるから。

 この作品の凄いところは、初めてケータイを小道具として利用し切った所にある。単なる通信手段ではない、意味を持った活用法だ。
 この監督らしく、相変わらず首をかしげる演出もあるが、この作品はそれを補って余りあるものを持っていると思う。

 物語は、最初から携帯の会話で始まる。そこに浮かび上がるのは、あまりに軽く、刹那的な会話。さっきまでSEXをしていた女が、一時間後に友人とSEXをしていようが、一向に構わない。クラブの先輩がバイクの事故で死んでも、『別に…ショックではないです』と言い放ってしまう関係。誰とでもしそうな女の子にいたっては、ある重大な約束をしていた事すら忘れている。(このエピソードは、さらりと流されるので、最後になってやっと気が付かされる)
 携帯のメモリーを消してしまえば、目の前の友人すら消え去ってしまうほどの関係を、携帯を小道具に現している。
 対象的に、みんなが集まって何かをした、あるいは思いの綴られた手紙といった記憶は、心に深く刻まれていて、リーダーの死はそれを思い出すきっかけを作っていく。その思い出は、後になって整理していくと、まさに青春の残照だった。その比較に、胸が痛む。
 『気球を燃やしてやりたい』といった先輩の彼女は、その気球に穴を開け、タバコを差し込んで消える。まるで青春の思い出に線香でも手向けるように。空を飛ぶ事ばかりを夢見た男に、『地上で生きて』と言い、どうしても降りてこない気球に、待ちくたびれてしまった女。男は既に別の女を恋人にし、地上で死んだ。それでもここに来たのは、愛なのか、確かめずにはいられないのか、諦めるきっかけが欲しかったのか。

 どんな運命が愛を遠ざけたの 輝きはもどらない わたしが今死んでも

 荒井由実の「翳りゆく部屋」(唄・畠山美由紀)が流れ、物語は終わる。ラスト10分、永作博美の名演技と、監督の凝ったラストに胸を締め付けられる。これだから映画好きは止められない!
 モラトリアムの時代を抜け、まるで違う顔をして生きていくメンバーの前に(若干一名そのままの奴もいるが)現れた気球が、出来る事なら先輩の彼女が操縦していますよう。そして、"語られなかった手紙"を付けた風船が、そこに届きますよう。
 映画を観終わった後、ありえない願いを、私は祈っていました。

 監督・脚本 園子温
 出演 深水元基(キャリアは浅いが非常にいい感じ)
    川村ゆきえ(意外と難しい役どころ。よくがんばりました。プロポーションもナイスです!)
    長谷川朝晴・他

「ウール100%」を観た。 

 昔々ある所に…で語られ始める、現代版昔話(?)の秀作。

 町外れのゴミ屋敷に、梅と亀の二人の老婆が住んでおりました。彼女らは出来るだけ外界との縁を断ち、時々街に出ては、捨てられた粗大ゴミを拾っては、自宅に運び込んでいました。
 彼女たちは、捨てられた物に愛情を込め、自宅に招き入れるのですが、その結果、知らず知らず、ゴミの山はいつの間にか命を持つようになっていたのです。『梅さん、今日も元気だね…』『亀さんもね…』そんな囁きすら聞こえてきそうなこの家で、二人の満ち足りた生活は続いていたのでした。
 ところがある日、彼女らが毛糸玉を拾ったばかりに、それを頼りに、闖入者がやって来ます。その名は妖怪「アミナオシ」。あろうことか、アミナオシは二人が集めてきたゴミを、次々に葬りさって行きます。戸惑う二人。しかし、なぜか悪い気分ではありません。ゴミと共に、自分達を過去に囚わせ続けてきた記憶を、アミナオシは整理していたからです。
 そしてついに、全ての記憶の封印が解けた時…。

 岸田今日子(遺作)、吉行和子の二人が怪演した梅と亀はもちろん注目なのだが、「誰も知らない」で長女の役をやった北浦愛が、中性的な色気を出して演じた"アミナオシ"が素晴らしい。監督・脚本の富永まいは、いい仕事をしていて、散文化しそうなこの作品を上手にまとめ上げています。矢口博康の音楽も知的興奮が呼び覚まされそうでしたし、小池栄子がナレーションに挑戦していたのですが、聞きやすく、また、興味を惹きつけられて、非常に良かったです。
 一見ただの風刺で進むかと思われたこの作品、中身はかなりグロテスクで寒々しい。そこが単なる御伽噺で終わらなかった点で、支持したい。あまり観る人はいないと思われるが、もっと評価されてしかるべき作品である。

言葉にできない。 

 映画「手紙」のクライマックスに、オフコースの「言葉にできない」が使われている。感動を呼び込むスイッチとして、使用されているようなのだ。いったい、この現象はナンなのだ。

 オフコースは、私が中学の時にはもう活動していた。人気があったから、友達のアルバムを借りて聴いたものだ。「言葉にできない」は、私も大好きな曲。この曲は男女の別れが歌われている。

   終わる筈のない愛が途絶えた いのち尽きてゆくように

 この曲を聴くと、小田和正がいかに最初の”お”の歌い出しを大事にしているかが分かる。それによって曲のイメージが広がっていく。
 この曲は、悔しさ、諦念、未練、悲しみ、そういった複雑な心のひだが、ない交ぜになっているのだ。
 しかし、今のこの曲の使われ方は、

   あなたに会えて ほんとうによかった

 という、この部分のみを、都合よく使っているような気がしてならない。
 元はと言えば、明治・安田だかの生命保険会社がCMに使ったのが、この現象の始まりだったと思う。確かに、いい言葉だが、曲の真の意味は、最初から聴かないと分からない。
 たかが曲、何を目くじら、と思われるかもしれないが、やはり、「手紙」のようなあからさまに狙った使われ方には、ちょっと待て、と言っておきたい。みんなも簡単に騙されるなよ。

「手紙」を観た。 

 主人公が完璧であると、ドラマが生まれにくいというのは、ある。
 しかし、この映画の主人公は、それを差し引いても感情移入ができない。

 主人公直貴(山田孝之)の兄・剛志(玉山鉄二)は、弟の学費のために強盗殺人をしてしまう。やむなく直貴は大学への進学を断念。夢であったお笑い芸人を目指す。工場で働きながら、お笑いの練習をする彼を、社食で働く少女・由美子(沢尻エリカ)はそっと応援していた。
 しかし、あるとき、彼が殺人犯の弟であることが職場に知れ渡る。そこから彼の、「殺人者の弟」というレッテルから逃げ回る日々が始まる。

 この映画は、明らかに観客を泣かせようという意図で作られていますが、非常に底が浅く、決して巷で言われているいい映画の評価は、信用しない方がいいとおもいます。
 兄は軽い知的障害があり、やむにやまれず盗みに入った先で、たまたま家主に見つかり、その場に合った包丁で刺してしまった。そして初犯。…無期懲役にはなりません。話に無理があります。だいいち弟は、辛い身体に鞭打って、働いてきた兄が罪を犯したことに、後ろめたさがないなんて人間としてどうかと思います。成績がいいなら、奨学金を援助してもらうとか、生活保護を受けるとか、考えられないのでしょうか。
 従業員は沢山いて、由美子ほどのルックスなら物凄くもてただろうに、なぜ彼女は”直貴に”惹かれたのか。まあ惹かれるっていうのはそういうものだとして、その後も思い続けてまた出会う、などという御都合主義には、もはや付き合うつもりもなし。そんなに直貴はいい男か?この男は自分の不幸を全て兄のせいにして、逃げているばかりのヘタレ野郎だ。人間としてのバイタリティーのかけらも無い奴だ。そんな男に惹かれる女が沢尻ぃ?
 不幸は次々と彼を襲うが、その多くは、彼がしっかりしていれば避けられた不幸だった。ひっそり生きていきたいならお笑い芸人にならなければいいのだし、同じ境遇の人がいる職場を去ってしまうのも理解に苦しむ。転職先の社長(杉浦直樹)は、彼に『ここで生きていくんだ。』と、一見親切、かつ、感動的な話をするが、その実フォローは何も無い、中身はスカスカのお説教。人間、真の問題から逃げていては、こんな風に茶々を入れる奴も出てきて、事が深刻になるばかりだ。
 そんな中、由美子は、腹をくくった生き方をしていて、人間こうでなくてはなりますまい。
 ラストに主人公は、兄の存在を忘れる事で、幸せを手に入れます。
 オイちょっと待てや!
 本人が兄と縁を切ったところで、お前は殺人者の弟じゃ!いきなり幸せになるなんておかしいやろ!
 沢尻エリカの演技は、とても良い。ただ、関西弁がまったくダメで、評価を大きく落とします。山田孝之は…あいかわらず気持ち悪い。唯一の得点は、玉山鉄二の演技。最初から最後まで、神憑り的に素晴らしいです。これは観て損はありません。

   監督 生野慈朗
   原作 東野圭吾
   脚本 安倍照雄 清水友佳子
   出演 吹石一恵 田中要次 他 

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