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「キサラギ」を観た。 

 この映画は、わりと先の展開が読める作りになっている。何しろ、作り手がちゃんと足跡を消さずに置いているのだから。
 じゃあ先が読めるからダメかといわれたら、答えはまったく逆で、この映画の面白いところは、”目の前に広がったパズルのピースが、だんだん埋まっていく過程”にある。ピースがどこでどうやってはまるのか、はまった後にどんな絵が完成するのか。それを楽しめばいいのだ。

 アイドル・如月ミキが自殺した一年後の命日、ミキファンサイトのオフ会が行なわれた。
 集まったのは五人の男(小栗旬、ユースケ・サンタマリア、小出恵介、塚地武雅、香川照之)。最初はただのオタク談義が続くかと思われたが、『ミキは本当に自殺なのか?』の一言に、部屋の空気は一変する。そして、次々に明かされていく、驚愕(笑)の真実。果たして、如月ミキの死の真相は…!?

 殆んどが部屋の中だけで進むこの映画は、「12人の怒れる男」もとい、「12人の優しい日本人」のオマージュと思われるセリフも多い。だから、あれの好きな人なら間違いなくお勧めである。

 そして、あくまで虚像・偶像(idol)だったはずの如月ミキが、ピースがはめ込まれるたびに、実体を伴うかのようにぐいぐいとリアルになっていくさまは、まさに映画の醍醐味。
 ダンボールのエピソードも読めたが、それがなんだって言うのだ!収まるべきところにピースが埋まった瞬間、私はそのカタルシスに快哉を叫んだ。そう、観ているこちらまで、いる筈の無い如月ミキのファンになっていたんだ。『ああ、彼女は自殺なんかしない!』と。

 …パズルは完成する。其処に書かれた絵は、等身大のD級アイドル『如月ミキ』。そのとき、”idol”が、日本語の”アイドル”になっていたのは間違いない。
 あやふやだった彼女は、実体を持った。だから、最後に彼女の顔が映し出される。その彼女をヲタ芸で送るラストは、なんと言う爽快感だったろう。いずれ演劇化もしてもらいたい出来の良さだ。

 惜しむらくは最後の最後。これでは映画そのものが否定されてしまうじゃないか。あのラストが無ければ、100点満点である。

   監督 佐藤祐市
   脚本 古沢良太

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遅まきながらR-35。 

 R-35日産GT-R。先代までの"スカイライン"ではなくなり、完全に独立車種。
 一番かっこいいのは、リミッター解除システム。ナビに連動して、サーキットで速度リミッターを解除できるシステムだ。アニメファンなら『Ⅴ-MAX!』ジャンプなら『卍解!』である。ちなみに、これを不正に解除すると、保証対象から外れる。
 R-35は、このほかにも整備に関して日産専門店による縛りを設けて、不正改造が出来ないようになっている。要するに、GT-Rは「現時点でこれが完成形」なわけである。
 話は第二世代スカG、R-32にさかのぼる。あれは良い車であったが、ブレーキに関しては耐フェード性能に不安が残る。それにはっきり言って重い。特にフロント。空力も全然ダメ。車体剛性もなおあれば良い。
 RBエンジンがチューニング向きのエンジンであった為か、巷には400馬力に届くような改造車が出現。あ、オーテックとか、ニスモのじゃないよ。街改造ね。
 R-33は車体が大きくなった為か、さらに街改造が増えた。そして傑作R-34。800馬力を超えるものまで出てきて、警察もヘリでないと追いつけない事態に。
 事ここにいたり、警察も馬力に関してメーカー自主規制を撤廃させる代わりに、不正改造をさせないことで発売を許可したらしい。
 しかしもとより私は、「フラッグシップカーはメーカーの出したものが一番」と思っている。目的があって性能を特化するならまだしも、目的なくただ馬力アップを図るのは、絶対バランスが悪くなる。
 GT-Rで言えば、サスペンション・アテーサは、コーナーの入り口から出口に至る各局面でアンダーステア、オーバーステアを意図的につくり、ヨーをコントロールしている。そんな高度な技術、街改造でダンパー・サスペンション交換だけで済む話ではない。
 もう一度言う。各メーカーのフラッグシップカーは、ノーマルが一番バランスがよい。チューニングするなら、目的を持ってやりましょう。
 それと、スーパーカーと言いつつ、R-35は値段が安すぎる。倍の値段で丁度だ。卓越した技術というのはそういうものだし、第一、この性能でこの値段じゃあポルシェの立つ瀬が無いじゃないか。(笑)

妖精の帰還。 

 ユーゴの妖精、ドラガン・ストイコビッチが日本に帰って来た。
 類まれなる才能を持ちながら、彼の祖国は常に戦争の影に脅かされ、自由にサッカーができない環境だった。
 家族と共にサッカーを愛した彼が、日本での生活を選んだのは、「平和である」ただそれだけの、しかし人生にもっとも大事な理由による。
 私を温かく迎えてくれた日本が好きだといって、Jリーグで選手生命を終えた男だ。

 1994年、名古屋グランパスエイトVSジェフ市原。大雨の中、水溜りにボールがとられ、パスもままならぬ状態。ストイコビッチが選択したのは、なんと空中ドリブル。その独創性と、それを実現させる確かなテクニック。「これがサッカーの真髄かー!」その感動。

 さてさて、古巣・グランパスに監督として帰って来た男は、今度はどんな感動を私達に届けてくれるだろうか。

あけましておめでとう。 

今年もよろしくお願いします。
怒ったり、悩んだりの毎日ですが、みんなでハッピーを目指しましょう。
今年もよろしく。

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