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CDの売り上げが経済活動ではない。 

もう、気に食わんので何度も書く。
大島さん、どうした?
『票数は皆さんの愛です!』…。
ここまで洗脳されたか。

大人がボーナスつぎ込む"愛"も、子供が小遣い握って願いをこめた"愛"も、愛の重さは同じはず。

まあ、感情論はここまでにして、とりあえずAKBのファンが言っている、『経済活動なんだからいいだろ』に反論しておく。

1万人が100枚買う経済と、100万人が1枚買う経済は違う。
経済活動というのは、金が動くと、玉突きのように次々金が動いていくのが理想だ。
CD買ってカラオケへ行き、友達を誘ってコンサートに行く。
さらに会場まで電車を使い、途中でラーメンを食べて、グッズも買う。
帰りには反省会。喫茶店でだべる。

百万人がやることで経済が回るのだ。
AKBヲタがどう頑張ってもグッズを百人分買えないし、ラーメンを百人分は食べられない。
第一、そんな金あったらCDにつぎ込む。
CDに関係している会社や人物のみが潤っても、その金の多くは社会に還元されていかない。
秋元Pがフェラーリ5台買うのと、百人がヴィッツ一台ずつ買うのでは、金額が一緒でも波及効果が全く違うのである。

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宵越しの金は持つまい。 

落語や時代劇でよく出てくる、『宵越しの金は持たねえ!』という江戸庶民の気風のいい台詞。
江戸時代の研究家の間では、江戸庶民の性格の問題ではなく、本当に持たない暮らしをしていた、という事らしいです。

持てなかった、ではなく、持たなかった

いや、職業などに給金の多少はあるので、みんなに当てはまるわけではないが、とにかく江戸時代の人は、未来に備えて蓄えなくてもよかったらしいのだ。

現代人の悩み。
ローン、子育て、老後。
江戸時代では、これらはかなり保障されていた。
例えば、日本中に寺子屋があって、ボランティアの教師が安い手習い賃で教育をつけてくれた。
特に江戸の町の識字率は、当時世界的にもダントツだった。

隣組や、地域の支えあいが行き届き、老後も面倒を見てもらえる。
そもそも"老後"になる前に死んでしまう時代だった。

そして、これが重要なのだが、日本国中天災が襲ってくるので、固定資産など持っていたらかえって邪魔になる、という共通認識があった。
したがって、みんな貯蓄ではなく消費行動を優先し、経済は良く回っていたらしい。
もちろん、家だって借家がほとんどだ。

また、サービス業も都市では発達した。
外食業、金融業、雇用派遣サービス業まであった。
金持ちは不動産でなく、金融商品の投機、或いはパトロンとしての投資など、かなりうらやましい経済活動がなされていた。

現在、多くの"信"が無くなってしまった日本。
自ら洗練してきた知恵を忘れ、外国の考えを奉り、その結果が地震で消えてしまう文明だった。
未来に向けた改革のチャンスにしなければ。
そうでなければ死んでしまった人々に顔向けができぬ。
江戸時代の人からも笑われてしまうだろう。

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